ティアはルークの部屋に続く中庭のベンチに腰を下ろし、どうしたものかと思案していた。本音を言えば、ルークに会いたい。話がしたい。
ずっと待っていた初恋の相手。同性になろうと愛しいと思う気持ちがあり、生きていただけでも幸せだった。なぜ女になったのかも含めてルークにしっかりと説明して欲しい。そうしなければ、諦めきれない。同じ様に思うのか、ティアの横にはナタリアが座っていた。
アッシュが好きだったナタリアも、もう一人の婚約者であるルークに……頭の中を整理していたとしても複雑らしく、先程からここから動けずにいる。
二人とも無言だった。頭を過ぎるのはあのあたたかさを感じた家。あの家に暮らしていたのだろう。不思議なあたたかさもきっとルークが居たからだ。
そうでなければならない。
あの家は、不思議な魅力があった。もちろん、住みたくは無いが……あの中での生活は決して酷いものではない。そう確信できる何かがあり、しかし、あの家の中で隠れる様に暮らしていたルークはどう考えても隠されていた。
譜術を敷き、人を寄せつけず……きっと家から出る事も禁止されていたんだと思う。そうでなければルークが、自分達もとへ帰ってこないはずがない。
きっと女になった理由を監禁した相手に話してしまったかどうかしたかで、うまく言いくるめられたんだろう。
あの家があたたかいのはルークの雰囲気がそうさせたのだ。
そしてルークは非道な男に騙され、帰ることも許されず……もしかしたら無理やりに純潔を散らされている可能性すらある。
だから、あんなに怯えたんだ!!
巡回する白光騎士が、ルークの部屋の裏へと回る。その光景をそんな考えにふけりながら眺めていると、ガイとジェイドも中庭にやってきた。
どうやら、シュザンヌとの話し合いは終わったようだ。
「大佐! 」
どうだった?とたずねる二人の視線を受け止め、ジェイドは眼鏡を持ち上げた。
「……今日は帰る様にとのことです。宿の手配はしていただけました。もうすこし、ルークが落ち着かなければ話し合いも出来ませんし」
「そうですか……」
ティアは落胆が隠し切れず、深くため息を吐く。帰る前に、裏の明り取りの窓からルークの様子だけ見に行こうと、話し込む三人を尻目に歩き出した。
裏庭に該当する箇所は、公爵家の庭師によって細やかに手入れされていた眼を楽しませてくれる。ティアはルークを怖がらせないように気配を断ちながら窓へと向う……途中で何かを蹴飛ばした。
目線の先には、騎士の兜が無造作に落ちていた。
はて?? と眼を瞬かせる。
こんなものが、どうしてここに落ちているのだろう? 近づき拾い上げてみても、それはここに勤める騎士の兜にしか見えず、落し主を探して辺りを見回した。
よく、考えても可笑しな話だが、落ちているのだからメイドなり騎士なりどこかに居るだろう。
諜報部に所属していた事もあり、かなり耳のいいティアは微かに聞こえた金属音……甲冑が動く音を聞きとがめた。
聞こえた場所は茂みの中、そんな場所で騎士が潜んで居る理由なんてあまり思い浮かばず……(自分は客だし、今日は穏やかな日だ警備……ではない)
茂みの中を覗き込むと、そこに居たのは部屋に居るはずのルークと……彼女を抱きしめ、胸に顔を押し付ける騎士に扮した男だった。
「!!」
驚愕に息を飲む。気配を殺し、ティアが見ていることに気付いていない様子で。
兜を被る際に使用する髪を纏めるネットを付けたままで、髪の色がわからないが……胸……心臓の上に耳を当てている様だった。
「迎えに来てくれたんだ……」
ルークの喜色に満ちた声が、今だ離れようとしない男へと落ちる。細い指が、首筋をなぞる光景に眼が離せない。
「俺ね、帰ろうと思って……でも、警備で人が居たりして怖くなって……。来てくれたんだ!! 」
歓喜を隠し切れないルークの笑顔、無邪気な愛情を伝える眼差し。
頭がいたい。気持ちが悪くなり……。
「誰か! ここに!! 侵入者よ!!」
認めたくない気持ちが、目の当たりにしたものを否定する為に大声を出していた。
つづく