ティアの声に呼応する騎士と仲間達が、裏庭に向って走る音を聞き、ナイフを取り出し構える……しかし、男はルークを抱き上げたと思った瞬間、ティアに体当たりを当て吹き飛ばしてきた。
「きゃあ!」
地面に倒れこんだティアは愕然とする。
仮にも神託の盾の軍人だ、それなりに訓練は受けているのに、踏ん張りが一切利かずに道を空けてしまった。しかし、この屋敷の庭がいくら広かろうが、袋のネズミである事には変わりはない。
慌てて立ち上がり、駆け出した男を追いかけた。
中庭に出れば人目が多い事、男は裏庭を駆ける。その腕の中にはルークが……。
(どうして、どうして!? ルーク! )
ルークはしっかりと男にしがみ付き、男の逃走を妨げないようにしている。しかし、足の速いガイがその行く手を阻む様に立ちはだかり、剣を構えた。
立ち止まった男の足元にはナタリアが放った矢が刺さっている(公爵家で飾られていた弓を使用したようだ)
ジェイドや騎士達に囲い込まれ、男はゆっくりと持っていた槍を構えてみせた。
隙がない。
「何時の間に侵入を! 卑怯者! その覆面を外しなさいな! 」
きりきりと弓を引き絞るナタリアが鋭い声を上げる。どうやら後ろからでは見えないが、男は顔を隠している様子だ。急いで男の前、立ちはだかるガイの横に回りこみ、ティアは改めて相手を見詰めた。
長身の男だ。先程のやり取りで窺えたが、かなりの腕の持ち主であることがわかる。重たい甲冑を身に着けても、その重さを苦に感じずに走り去るのは、着慣れているか着たことがあるかのどちらかだ。
ルークは微かに震えているが、先程の様に取り乱さずに男の首に腕を回し……警戒を露わにした表情で……自分達を……見た。
顔を隠した男はルークの身体を抱え直し、左右を見回す。悔しい事に、その動作全てに隙が無い。
「貴方は何者ですか!? 」
ジェイドの詰問にもガイの殺気も物ともせず(むしろ、ルークが萎縮している) 男は退避できる場所を探している様だ。
「貴方!! どういうつもりなの! あんな所にルークを閉じ込めて! その上また閉じ込めるって言うの!? ルーク! こっちに来て? 私達、ずっとずっと貴方を待っていたのよ。もう大丈夫だから! その人にひどい事をされていたんでしょう? 」
言い募ろうとしたティアは、そこで言葉を止めた。男から憤怒と殺気がぶつけられる。気迫だけで、屋敷の庭に来ていた小鳥達が逃げ出す。
ティアは思わず半歩下がる。胃が競り上がって来る様だった。
冷や汗が伝い落ちる。でも、ここで負けるわけにはいかない。そう、ルークを奪われないようにしなくては!
「なんなのよ! 間違っていないでしょう!? ルークが私達を拒むはず無いわ!! いい加減な事をルークに言ったんでしょう!? あんなに怯える様に仕向けてよくそんなに平然としていられるわね!」
「違う!!! 」
「「「「「!!」」」」」
男の腕の中で、身体を捻りこちらをにらみ付けたルークが怒りに染まった顔で叫んだ。
「違う! こいつは何にもしてない! 俺が……俺が人に会えなくて、会うと怖くて仕方ないから、あの家を用意してくれたんだよ! 一緒に住んで話して、勉強見てもらったり飯食ったりして、守ってくれてたんだ! 今日だってこうして迎えに来てくれた! こいつの事なんにも分かんないくせに悪く言うな! こいつだって、こいつだって……酷い目にあって、それでも信じて……。俺は幸せになれない! 償ってない! でも、俺がいないと幸せになれないって言ってくれるから、一緒に居たんだ! 俺が人が怖いのとこいつと居るのは関係ない! 俺がこいつと居たいから、幸せになって欲しいから居るんだ! 」
「ルーク、そんな……」
「お前等に何がわかんだよ!! 一番大事な奴を酷く言われて、黙ってなんて……! 」
言葉に詰まったのかルークはそのまま、甲冑を纏った肩に顔を埋める。ルークの言葉に声を失くした面々の中、シュザンヌが公爵に支えられて男の前に進み出た。公爵もまた、ルーク帰還の報を受けて屋敷に戻ってきていたのだ。
二人のルークを見る目は悲しげだった。
「ルーク、貴方は彼を幸せにする為に……一緒に住んでいるのですか? 」
シュザンヌの問いに、涙で濡れた顔を上げ、ルークは頷く。彼女は目の前に居るのが自分の両親だと気付いていない様子だった。
「なにも、覚えていないのですか? 私の事も旦那様の事も……」
「貴方が誰かは、知りません。俺、記憶無いんです。でも、分かる奴も居たんです。イオンだったりミュウだったり」
ルークはそこで言葉を区切り、男の覆面に覆われた顔を覗き込み微笑む。今、騎士達やシュザンヌは気付いたが鮮やかな翡翠の眼をした男だ。
「お前は!? 」
公爵が、覆面に隠され判別出来ない男の顔を見て、驚愕するのを、ナタリア達は不思議そうに見やる。
「まさか、生きて……。生きていて……くれたのか。ルーク!! 」
シュザンヌも公爵も涙を浮かべ、目の前に立つ息子と娘を見ていた。
「……」
無言のまま、ルークを地面に下ろすと目以外の箇所を隠す覆面と兜を被る際に使用するネットを男は剥ぎ取る。その勢いで流れる深紅の髪を、かつての仲間達は息を飲んで見詰めた。怖がるように下ろされたときにアッシュの腕にしがみ付いたルークを抱きしめ、アッシュは厳しい眼差しを……見せた。
つづく
反省した両親と、反省する事が無いと思っている人達。ばれるまで名乗るつもりの無い人