アッシュは目の前を誘うように舞う紅い蝶の後を追いかけていた。
ひらり ひらり ひらひら
その羽ばたきと共に、愛しい声が呼ぶのだ……。
「来て」と「約束だよ」と。
「ああ、やくそくだ……。ずっといっしょにいるから……約束だから……」
掌に残る忌まわしくも愛しい感触、締めた首。歪む顔に虚に投げ込まれる半身の身体。望まない儀式の結果は永遠の喪失。
1つになるのではなかったのか? こんなにも孤独になるのなら……初めから……。
「ルーク……! にいさん……」
紅い蝶が突然向きを変え、ひらひらと廊下を舞う。暗く沈んだ色彩に鮮やかに紅く輝くその燐粉。時おり魅せる半身の姿……手招きをしている。悲しそうな顔で……。
「やくそく……だから、そんなかお」
しないで欲しい。
片足を引きずる歩き方も、柔らかな朱金の髪も翡翠の眼も。何もかもが大切なのに。
背後から……悲哀に満ちた泣き声が聞こえる。
ああ、おそろしいものだ。でも、この屋敷に居なければ……ルークに会えない。
声が近づくにつれ、背中に痛みが走る。それでも、アッシュは紅い蝶を追うのを止めない。自分の手に、腕に、顔に、足に、胸に、背中に、腹に、頭皮に、首に、肩に、青い刺青が浮き出る。
呪いの刺青が、浮き上がる。
そんな、彼の喉元には……刺青に映える紅い蝶の形の痣がくっきりと残されて……いた。
「アッシュ!! 」
ガイはやっと、夢の中の呪われた屋敷で探し人を見つけた。
黒い服は暗い屋敷の中で埋没しているが、彼の持つ紅蓮の色彩を放つ髪だけが浮き上がって見えた。慌てて後を追う。
彼の前には一羽の紅い蝶だけがひらひらと舞い踊っている。
双子の兄弟の片割れであるアッシュは、持ち前の自我の強さを如実に表している性格だった。そんなアッシュの後ろには……何時も双子の兄であるルークの姿があった。
子供の頃にアッシュが目を離した際に崖から転落したルークはその足に後遺症を抱えていた。そのためか何時もアッシュの影に隠れていた。
性格は……大人しく、アッシュ無しでは生きられないのではないかと言うくらいに双子の弟に頼りきっていた。
だが、それが良かったのかもしれない。アッシュの性格の苛烈さは周知の事で、庇護の対象である兄がいると怒鳴る事も怒り出す事も少なく、良く笑っていた。
双子の思い出の地がダムに沈むと聞いた時も、双子の両親も……従兄弟である自分も、行って来る様に進めたのだ。アッシュは進学校に転校が決まっていた為、今まで通っていた高校に二人で通えなくなると気落ちしている
ルークの為に。
それが事件になるなんて誰も想像していなかった。
行方不明になり、帰ってきたのはアッシュだけだった。
酷く衰弱し、失語症になって。
入院先の病院で言葉を取り戻すまで、アッシュはルークになってしまったのかと言うほどに弱りきり、嘆き、泣き続けていた。
否、涙はなかった。
呆然と座り込み、声もなくルークを呼び、絶望する。
それが……帰ってきたアッシュだった。
声を取り戻したのは……入院してからどれ程立った時だろう? 突然、見舞いに来たガイにアッシュは話しかけてきた。
暫らく使わなかった声帯はしわがれた声だったが、嬉しそうに……子供の時以来の、アッシュのえがお。
夢でルークに会ったんだと、また会えると。
周りは、夢でもいいからアッシュが回復に繋がればと願った。アッシュの様子を見れば、ルークの生存は絶望的だった事も要因として。
しかし、時間が立つほどにアッシュはベットから起き上がれなくなり……ついに眠り続けてしまうようになった。彼の母は、ルークに会える夢から覚めたくないのかと涙を流して。
それだけなら、いつか目覚めてくれると信じられるだろう。弱い人間であっても、いつか乗り越える。
しかし、ガイはそうは思えなかった。
たまたま、仕事仲間と調べていた日本の怪奇話に……失った愛しい人の影を使い呪いの屋敷に引きずり込む内容のものがあったからだ。
非科学的なことは信じない性質でも、眠りに着く前にアッシュがガイに話した内容は正しくその屋敷の事だったから、ガイは眠るアッシュの整った……しかし、病的にやつれた頬を見ていた。
どのくらい、従兄弟の顔を見ていただろう?
青い刺青が……肌を埋める光景を目の当たりにするまでは……。
そしてガイは、アッシュは現実に引き戻したい一心で、夢に捕らわれた。