こいうた 前編
人見知りの激しい年の離れた妹のルカが珍しく俺の親友に懐いた。
それは別に構わない。
親友の神威がくぽは人当たりもよく気遣いも出来る。何よりも口ごもり、なかなかはっきりと言えないで逃げて行ってしまうルカに付き合い、気長に話を聞き、なおかつ、そんなルカとコミニケーションを育んだ奴だから、兄としては、喜ぶべき事なのだろう。
『おおきくなったら、るか、おにーちゃんとけっこんするー』
子供ながらの可愛いことを言うルカをカイトは正しく溺愛していた。
毎朝、妹の桜色をした肩に届く長さの髪を梳き結っていたり、携帯の待ち受けがルカであったりすることからも明らかである。
だが、最近そんなルカとの蜜月に不穏な影が落ちている。
例えば、家に帰った時に駆けてくるルカがカイト一人だと知った時。
例えば、休日に来るはずの親友が突然、来れなくなったと知った時。
兄のカイトよりも親友のがくぽの事をルカは一番好き、みたいな……。
そこまで考えてカイトは首を激しく振った。悪い予想を振り払うかのように。
振り過ぎて目が回り、微妙に気持ち悪くなったが顔を上げたカイトの顔はすっきりしていた。
今まで人見知りが激しく甘える相手が家族しかいなかったから、がくぽがかまってくれるのが嬉しいのだろう。
その考えにカイトは満足そうに頷く。可愛い可愛いルカに一番好かれているのは自分だとカイトは自信があるのだ。
「ぶっきみー」
カイトの後頭部をいきなり衝撃とよく透る声が降って来た。声の主はカイトの首を締めたまま楽しそうに身を更に寄せる。
「カイトー。なーに百面相してんの? 見てて面白いけど呼んでんだから気付けよ」
分かったかー。返事はー。など言いながらも締める手は緩まない。
「………………」
「……リン。それでは返事も出来ないぞ」
少し離れた席にいた紫色の髪の少年に注意され、首を締めていた金髪の少女——リンはようやく手を離した。机に突っ伏すカイト。
「あっ、ごめーん。生きてますかー?」
どこか楽しげにカイトの側に座り込み、カイトを突っついているリンとされるがままのカイトの側にやって来た、紫色の髪の少年は呆れた様子で口を開く。
「どうせ、ルカちゃんの事でも考えていたんだろ」
「……でもさ、がくぽ。そのわりには鬱々してたよ。これ」
これとカイトを指差してリンは紫色の髪の少年——がくぽを見る。
「ルカちゃんの成長を想像してるうちにお嫁に行ったんだろ」
「あー、悪いムシが付いちゃいましたかー」
お兄ちゃん、生きてますかー? カイトの青い髪をグシャグシャに乱して楽しそうにリンが笑うとカイトはむっと顔をしかめた。
「ルカちゃん、可愛いから成長したらモテるよー。……それで、彼氏出来て、鬱陶しがられろ」
意地の悪い顔でリンが笑う。
「……ルカの幼稚園はエスカレーターで高校まで行けるし、女子校だから、大丈夫」
カイトは自分に言い聞かせるように何度も頷く。
その姿をがくぽとリンは呆れ顔で見た。
「……妹離れが先だな、コレ」
「出来るのか?」
無理だろと言うがくぽの意見にリンも賛成だ。
「そういや、がっくん。今日は家来るんだよね?」
「……ああ」
昇降口で靴を履き替えながらカイトはがくぽに確認した。
「またかい。わたしをのけ者にしてー。いいもん……今日はレンと約束があるから」
先に靴を履き終えていたリンが頬を膨らませ隣にいたがくぽをぽかぽかと叩く。
「リンに声かけたら自分でそう言っただろう」
リンを軽くあしらいながらがくぽは呟く。
ああ、そう言えばそうだったなどと笑いながらリンはがくぽの背をバシバシと叩く。
さすがに痛そうな顔をしているがくぽと笑っているリンを見てカイトは笑う。
平和ないつも通りの光景である。
こいうた 後編