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3月14日
紫色の髪を頭頂部で一つに結った少年が桜色の髪の少女を膝に乗せている。
少年の手元には一冊の本が開かれていた。
真剣に少年の手元を覗き込む少女の仕草に少年の口元が綻ぶ。
「……がくぽ?」
「ああ、ごめん。続けるね。……」
微かに少女が顔を上げて読むのを止めたしまった少年がくぽを不思議そうに見る。
がくぽは少女の頭を軽く撫でると続きを読み始めた。
その光景を少女の兄カイトはキッチンから見ていた。
ホワイトデーのお返しにとがくぽが妹に用意したのは童話集で、それをすっかりルカは気に入った様子でずっとがくぽに読んでもらっているのだ。
律儀な親友はしっかりと母や、リンにもプレゼントを用意してカイトの家にやってきていた。
それからはずっとがくぽは懐いてくるルカの相手をしている。
リンはというと唸りながら問題集と格闘していた。
カイトは慣れた手付きでお茶の支度をしていたがあることに気付いた。
普段買い置きのお菓子が入っている戸棚を開けたら案の定、そこには何も入っていなかった。
やれやれと火を止めるとカイトはリビングに向かった。
「おーい、お茶菓子何も無いから買いに行ってくるけど……ルカ、どうする?」
カイトの言葉にルカは兄とがくぽの間で視線を彷徨わせて小さく答えた。
「……行かない」
予想通りの答えにカイトは乾いた笑みを浮かべてがくぽとリンにルカの事を頼むと財布を手に出て行った。
「ふぇぇ~~……」
席を外していたがくぽが戻ってくると泣きそうな表情をして走っていたルカががくぽに気付いて懸命に彼の元に駆けてきた。
そのまま背後に回りこみがくぽの足にぎゅっとしがみつくルカにがくぽは驚いた表情で少女を追い掛け回していたリンを睨みつけた。
「リン!?」
がくぽは少女を引き寄せて安心させるように肩を抱くと声を荒らげた。
がくぽの剣幕に肩を竦めたリンはすぐに手に持っていたモノを広げてがくぽに見せた。
「わたしはただ、コレをルカちゃんに着せようとしただけ!」
レースとフリルに彩られた白いワンピースを手にリンは胸を張る。
「ホワイトデーのお返しにわたしが作ったんだよ! 分かったら、そこの可愛い生物をこっちによーこーせー!」
明るく笑ったリンが一転して不気味な動きでがくぽの背後に隠れるルカに迫る。
怯えたルカがさらにがくぽにしがみつくと一瞬、怯んだがくぽは我に返った様子で踏み止まった。
「……ルカちゃんに渡せば着てくれるだろ?」
「この服、ルカちゃんが一人で着るのは構造上難しいの! だから、着せてあげるの!?」
服をよく見ると確かに着るのも脱ぐのも難しそうだ。
「それなら、カイトかメイコさんに渡せば着せてくれるだろ……」
「わたしが着せたいの! レンは大人しく着たのに……」
お前のその迫力にビビっているんだ。それ以前に弟に着せたのか……。
形容しがたいものを感じたが、じりじりと迫ってくるリンからルカを庇いながらがくぽは後退していく。
「……が、がく、ぽ……」
怖いのか青くなって震えているルカが必死にがくぽを呼ぶ。
がくぽがルカに目を落とした隙を見逃さずにリンはルカに迫る。
間一髪、気付いたがくぽは慌ててルカを抱き上げて距離をとる。
「やめろって!?」
「どうあっても……邪魔をするのね」
がくぽの返事は無いが自分を睨みつけてくる目が雄弁に語っていた。
睨み合っていたリンの手が動くとそばにあったモップを掴んだ。それを見たがくぽはぎょっとした表情で慌ててルカを降ろした。
「おいっ!?」
慌てるがくぽの足にしがみついていたルカはある音を捉えるとその場から駈け出した。
「ただいまー」
手に袋を持ったカイトが靴を脱いでいると中からルカが駆けてきた。
「……お兄ちゃーん!」
何故か酷く泣きそうな表情をしているルカを見てカイトは慌ててルカを抱き上げた。
「どうした!?」
カイトの顔を見て泣き出した妹を慰めながらカイトはリビングに居るであろう友人の元に向かった。
「おい……なんで、ルカ泣いてるんだ?」
剣呑に目を細めて厳しい表情をしたカイトは低く問いただした。
あらかさまにほっとした様子でがくぽがひねり上げていたリンの腕を放して説明を始めた。
カイトが件のワンピースを丹念に見ているのをしこたまに叱られたリンがむくれた表情で見ている。
「がくぽ、リンと一緒に適当に好きなアイス選んで食べてて。……俺、この服着せてくる」
カイトが呼ぶとルカはすぐに付いてきた。服に興味はあっても、リンの迫力に逃げただけのようだ。
少し嬉しそうな表情をしたリンがカイトに声をかけるそばでがくぽは袋からアイスを取り出して並べ始めた。
「カイト! 分からなくなったら呼んでね! ……わたし、オレンジシャーベット!」
カイトが買いに行けばアイスしか買って来ないのはいつものことなので特に突っ込む事もなくがくぽはアイスに目を落とした。
「あのワンピはルカちゃんに絶対、似合うよ! わたしがルカちゃんの為に作ったんだから!」
確かに、あのワンピースはルカに似合いそうだと着替え終り出てくるのを楽しみにがくぽは中断されていたお茶の支度を始めた。
後書き
以前からやりたかったリンの暴走を絡めてみました。
この他にも手先が器用なリンは色々作ってはルカを釣ろうとしています。それが成功してルカはリンのことをリンちゃん」と呼んでいるという設定もあります。
いつもと違いがくぽが慌てたりするところが面白く書かせていただきました。
by 瀬川 唯
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