アッシュは懸命に家路へ向かい走り続けていた。今日は漆黒の翼と落ち合う日取りであったため、家より少し離れた高台で物資を受け取っていたのだが……。
チーグルの森を見張っていたウルシーが突然、誰かが森に入っていったと言い出したのだ。
家の周りには人除けの譜術を展開させていたが……。
胸中に渦巻く悪い予感に急かされ、アッシュは一心不乱に走り続けた。
頭の中に、少し前から響く愛しい少女の悲痛な助けを求める声が、幻聴である事を願いながら……。
森の前に止めてあった馬車がグランコクマ方面へ向い走り出す。アッシュはその馬車を追うかどうか一瞬躊躇うが直ぐに追いかける。
確信があった。
ルークはあの中だ。
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数十分前……。
ボロ家の扉を開けた時、部屋の隅に立つ少女の姿になったルークに真っ先に気付いたのはガイだった。青褪めた顔に汗を滲ませ、震える姿はいっそ哀れな程、それでも生きていてくれた事が嬉しくて思わず「ルーク」と呼びかけた瞬間。
細い体が傾ぎ冷たい床の上に倒れこんでいった、咄嗟にジェイドがその身体を抱きとめた為に頭を打つ事は免れたが、色を失った頬や早鐘を打ち続ける心音に眉間に皺を寄せる。
「大佐……ルークは……?」
少女の姿で有ろうが、間違いなく帰還を待ち続けた少年だと確信したティアやナタリアも恐る恐ると言った様子で近づいてくる。
「わかりません、ローレライの恩恵か……別人か……一度検査をしてみないと」
「何言ってるんだよ! ジェイド。ルークに決まってるだろう! 帰ってきてたんだよ。きっとこんな風に性別が変わったの気にして帰れなかったんだ。そうに決まってる!」
ガイはジェイドからルークを奪うようにして抱きしめる(どうやらルークに関しては女性恐怖症は出ない様子だ)
そんなガイに微かに肩を竦めただけで、ジェイドは何も言わなかった。
「兎に角! ルークが無事だったのなら、急いで国に戻るべきですわ! 叔母様もきっとお喜びになります!」
ナタリアが目を輝かせて三人を見詰める。ティアは涙ぐみながらそれに同意を示した。
「そうですね……ですが、一度バチカルでの生活が落ち着いたら検査をしてみましょう」
ジェイドの言葉に三人は異論は無かった。
その後はルークのものと思われる衣服を少し持ち出し、来る時に待たせていた馬車へと乗り込んだ。ルークは依然としてガイが抱きしめ手放そうとしないのを微笑ましげに見守りながら……。
「あの、大佐」
「なんでしょう? ティア」
「あの家なんですが、ルークだけでは建てる事が出来ないと思ったんです……」
馬車の振動で震える声で、ティアは何かを確信しているかのように言葉を紡ぐ。
「確かに、そうですね。それと実はティア達に荷造りをしてもらっている間に家の周りを確認したんですが、干してある衣類は男性のものとルークのものとありましたよ」
「え……!?」
驚きを隠せず、ガイ達が息を飲む。ルークが男性と住んでいたとは、以外だった。
「じゃあ、もしかしてそいつに何か言われてあそこに住んでいたとか……ありえないか?」
ガイの言葉に全員、否定出来ず息を飲んだ……。
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バチカルまで船を使う事も出来たが、出来るだけ早くファブレ夫妻に会わせたいと考え、マルクト皇帝からの依頼としてアルビオールを使用しバチカルにガイ達は降り立った。
その時、ノエルが誰かと話をしていたが、ルークにかかりきりになっていたガイ達が気付くことはなかった。
バチカルに着いた後もしばらくルークは眠り続けていたが、シュザンヌの見守る中、彼女は目を覚ました。
「ルーク!!」
周りに集ったかつての仲間と、メイドに騎士。そして母親の姿を目視した瞬間。ルークは凄まじい悲鳴を上げてベットの上で飛び退った。
ベットを囲む様にしていた為、それ以上動く事が出来ず、ガチガチと歯の根が合わない音をたて、彼女は全ての人間から逃れようと身体を抱きしめる。
「ルーク……?」
「あ、あ……」
ルークの唇が何事かを引っ切り無しに紡ぐ。
それは……。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!許してください許してください許してください許してください許してください許してください許してください!」
頭を抱えその言葉を狂ったように叫び続ける。
「ルーク!」
ガイがルークを呼びかけて近づこうとするとますます悲鳴は大きくなる。怯え、必死に距離をとろうとする彼女を見て、シュザンヌは悲しげに目を伏せたのち凛と言い放つ。
「今すぐに皆。退室なさい。これは命令です。これより、この部屋には許可無く立ち入る事を禁じます」
メイドや騎士はシュザンヌの声に救われたと言わんばかりにルークから離れ、退室していく。しかし、かつての仲間達は動こうとしない。
「今は、そっとしておいて下さい」
シュザンヌの促しにやっと彼らは部屋を後にしたのだ。
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