暮秋
中庭で子供の笑い声が聞こえてくるのに誘われたようにルカは縁側に出た。
金髪の二人の子供が楽しそうに笑いながら落ち葉を拾っている。二人が笑っている姿にルカは笑みを零した。
大火の折に両親を亡くした二人を夫に無理を言って養子に引き取ったのはルカのわがままであり流れたきり授からなかった子供への思慕だろう。彼女にたいそう甘い夫は彼女のわがままに微かに悲しげに微笑み、周囲の者が騒ぎ立てようとも二人を引きとる手筈を整えてくれたのだ。
なかなか打ち解けてくれなかった二人だが最近やっと変な気遣いが無くなってきたと夫とルカは笑い合っていた。
「母さまっ見て。きれいな紅葉」
「あら……本当ね、リン」
「それなら、こっちの方が形もいいよ!!」
少女は掌に乗せられた葉をルカ差し出した。ルカが受け取って眺めていると横から少女とよく似た少年もまたルカに差し出した。
「レン、何するのっ。邪魔しないでよ!?」
「なんだよ……いて……叩くなよ!?」
せっかく母さまに甘えていたリンは邪魔をしてきたレンに対してぽかぽかと叩きだした。
ルカが二人を止めるようにそれぞれの肩に手を置いて言葉をかける。
「喧嘩しないで……ね?」
二人のよく似た顔を覗き込み目を合わせたルカが小首を傾げて困ったように笑うと二人は顔を見合わせて、真剣な顔でルカを見上げて聞いた。
「けんかしないから母さま……きらいになったりしない?」
不安に瞳を曇らせて二人はルカの袂を掴む。あまりにもいじらしい物言いにルカは腰を浮かせて二人の子供を抱きしめた。
「喧嘩しても嫌いにはならない。だから……わがままを言っても良いの。それとも二人はわたしたちが親ではいや?」
ルカの腕の中で二人は首を振った。
「いらなくなったりしない? ここにいていいの?」
二人の問いかけにルカは何度も頷いた。二人をきつく抱きしめてここにいてもいいのだと言うように。
ルカの腕の中から不思議な音が響いた。体を離したルカは恥ずかしそうにお腹を押さえるリンに笑いかけた。
「そろそろお八つにしましょうか。 確かお勝手に頂き物のお菓子があったから……」
それをいただきましょうとルカが言い終わる前にリンが元気よく走っていく。
「グミ姉ちゃんに出してもらってくる!!」
「あっ待ってよ。僕も行く!!」
レンもお腹が空いているのかリンの後を追いかけていく。
奥に駆けていく二人を見送りルカはふと足元を見た。
色鮮やかな葉が散らばっているのを拾おうとルカは身を屈めた。
お勝手に走る子供の背をがくぽは客人を見送りに出た時に見かけた。
楽しそうに歓声を上げ走る姿に笑みを浮かべて見送ったがくぽは二人を引き取りたいと訴えた妻を想う。
がくぽの妻はなんとか小町と娘時分の時は評されるほどに美しい女性だが体の芯が弱く病がちな事でも評判だ。
その妻にぞっこん骨抜きにされているがくぽは妻を守るためなら手段は問わずまるで真綿でくるむように愛を注いでいる。
その妻の部屋の方から二人が来たのに気付いたがくぽは妻に何かあったのかと廊下を急ぐ。
「っルカ!!」
部屋に入った彼の目に庭に立つ妻がしゃがみ込むのが見えた。慌てて妻に駆け寄り細い肩を抱く。
「あなた……どうなさいました」
不思議そうにがくぽを見るルカの顔色は悪くはないがこの寒空の下にいたせいか酷く冷えている妻を問答無用で彼は部屋に連れて行く。
「こんなに冷えて……やはりもう一枚羽織らせるべきだろう」
火鉢の前にルカを座らせルカの細い肩に己の羽織りを着せ掛けてがくぽは低く呟いて普段奥向きをルカに代わり取り仕切っている妹を責める。
ルカは今にも説教に行きそうな夫の袂を引いて困ったように眉を寄せる。
「グミさんは悪くないわ。わたしが必要ないって」
すまなさそうにがくぽを見上げてルカは重ねて夫に詫びる。
腰を浮かせて己の袂を握り不安気に見上げる妻の姿にがくぽは嘆息して滑り落ちた己の羽織りを拾いまたルカの肩に羽織りを掛ける。
「まったく……ルカに甘いのはお前もだろう。……茶でも淹れよう」
己に背を向ける夫の背にルカは思わず縋り付く驚いた顔で振り返る夫にルカは視線をさ迷わせた。
「あ……お茶はいいですから。その……」
「ルカ」
何も言えずに顔を赤く染めて俯く妻をがくぽが抱き寄せると彼女はそのまま己の胸に恥ずかしそうに顔を伏せた。
ゆっくりとがくぽはルカの背を撫でる。細い妻の体はがくぽの腕に簡単に収まってしまい力を込めれば折れてしまうのではと思うほどだ。
「すみません」
「気にすることはない店は大番頭に任せておけば大丈夫だ。それとも……何かあったのか?」
がくぽは妻と顔を合わせると思い掛けない強い口調でルカに問いかけた。
口籠もる妻にがくぽはさらに問いかける。
「親族の誰かか? 大体想像はつくが……跡取りのことか?」
有無を言わさない口調にルカは息を呑む。その反応で当たりだと確信したがくぽは低く呻く。
「グミめ……あれほど気をつけろといったのに」
「どうしてっわたしには言えないのですか?」
ルカは弾かれたようにがくぽに迫る。夫はいつもルカを気遣ってくれるのが嬉しくもあり、そして申し訳なく思っていた気持ちがルカを追い込む。
「わたしの体が弱いからですか? だから話せないのですか?」
今まで聞きたくとも聞けなかったことをルカは次から次へとがくぽにぶつける。
ルカの剣幕に戸惑っていたがくぽは次の言葉に初めてルカに声を荒らげた。
「……それなら、わたしなど居ないほうが——」
「ルカっ!! それ以上は言うな」
ビクリと肩を震わせてルカはがくぽを見た。酷く傷ついた顔をしている。
深く息を吐きがくぽは顔を手で覆い疲れたように笑った。
「まったく、情け無い夫だな……わたしは。お前をそこまで追い詰めていたのに気付かないとは……」
がくぽは俯くルカの顔を手で包むように持ち上げて目を合わせるとゆっくりと諭すように言った。
「体が弱いことも子の事も承知の上でそれでもわたしはルカが良かった。……朝な夕なお前の姿を見たいと声が聞きたいと願ったのだ」
だから居なくなるなど言わないでくれと微かに語尾を震わせてがくぽはルカに嘆願した。
わたしは弱いのだと夫は言う。守る者——ルカがいて始めて強くなれるのだとルカの肩口に顔を伏せて痛みを孕む声で夫は訴える。
微かに震えるがくぽの背をルカは何度も撫でる。謝罪の気持ちも込めてがくぽが顔を上げるまでルカは背を撫でた。
顔を上げたがくぽは少し恥ずかしそうに笑ったがすぐに真剣な顔でルカに念を押した。
「もう言うなよ? わたしが好きなのはお前だけなのだから」
その言葉にルカは深く頷き、頭を下げた。
「すみませんでした」
「分かってくれたならそれでいいよ。済まないと思うならここに口付けを……」
がくぽは頬を指差す。
ルカは辺りを見回してからおもむろにがくぽに身を寄せて唇に口付けた。
すぐに離れそうになるルカを抱き留めがくぽは口付けを深くするとルカの腕ががくぽの背に回った。
「レン、リン今日は三人でいただきましょう」
「グミ姉ちゃん? どうしたの、母さまたち呼ばないの?」
いいからと二人を連れてグミは自室に向かった。
後書き
和風でイチャイチャしてる二人が書きたかったのです。