雪遊び 後編
妹やカイトたちを困らせるつもりはがくこには無かった。だが、彼女が睨み続けているとルキが困ったように首を傾げてまた謝る。
その姿に片眉がぴくりと上がり引くことが出来なくなる。ルカが困ったように名を呼ぶががくこはルキを睨むのを止めない。
敬愛する兄の大切な女性であるルカをがくこは慕っていて、密かに憧れているのだ。その彼女に怪我をさせそうになったのがルキだと言うのも気にくわないし、その情けなく映る態度も気にくわない。イライラとがくこはさらにルキを睨む。
二人を心配そうに見ているルカに歩み寄ったがくぽは彼女の乱れた髪を梳き安心させるように微笑んだ。
がくぽの微笑を見たルカはそっと微笑むと彼の袖をつまんだ。
憂いを帯びていたルカの表情が安堵に変わる。任せれば大丈夫だと彼の微笑が伝えてくれるからルカはそれを素直に信じて甘えることにした。
腕にかかる彼女の手を優しく撫でたがくぽは妹に声をかけた。
「がくこ、ルキ殿も謝っているのだ」
引けと兄が言外に告げてくる。心配そうにルカがこちらを見ている。
がくこは唇を噛むとルキとルカに一礼してその場を後にした。兄が何かを言うのが聞こえたが聞こえないふりをした。
様々な感情ががくこの胸中をかき乱す。荒く乱れた思考と所作にさらに苛立ちを募らせた。八つ当たりだという自覚はあるからあの場を離れた。引き際を無くしていた彼女は止めてくれた兄に内心感謝していた。
だかだかと屋内に入ったがくこは温かさにほっと息をついた。
嫌われてしまったのでしょう……。
冷静さを取り戻した彼女の脳裏にふと情け無い姿が浮かぶ。微かに胸が痛んだ気がした。
嫌われても別に平気なはずなのに何故かそれが引っかかる。理由がわからずに首を傾げているとグミが姿を現した。
心配そうな彼女に何でもないと努めていつも通りに笑いかけて廊下に上がった。
「がくこ! ……まったく」
呼びかけを無視して去っていく妹にがくぽは嘆息してルキに詫びる。
「ルキ殿、済まない」
「いや、気にしてないし、俺も悪かったから……だから、あまり責めないでくれよ?」
それでも妹を庇うルキにがくぽはまじまじと彼の顔を眺めた。
あまりルキとがくぽは接点がない。恋人の弟というぐらいで話をしたのも今日が初めてだ。やる気の薄い態度と軽薄ともとれる外見と違い実際は好ましい人物のようだ。
きまり悪そうにルキが身じろぎする。ルカが黙ったままルキを見ているがくぽの袖を引くと彼は我に返ったように苦笑を浮かべた。
「……失礼した。我らも中に入ろうか?」
促すがくぽにルキが微かに不満げな表情をみせる。他家に口を挟むことでは無いがそれでも彼女が責められるのは嫌なのだ。
きりりと眦をつり上げてこちらを睨んでいた彼女がどれほど姉を慕っているのか見ていればすぐに分かった。だから責めないで欲しいのだ。
姉が気遣うように見ているのを気付いたルキは肩を竦めて歩き出した。姉に心配をかけるのは好きではない。
「あっ……雪うさぎ」
ルキが歩き出したの見てほっとした様子を見せた彼女の視線がふと下を見る。微かに表情を曇らせた彼女は呼びかけるがくぽに何でもないと笑う。
彼女の視線の先を見てルキは瞬いた。
「ルキ殿?」
訝しげながくぽの呼びかけにルキはポケットに手を突っ込み立ち止まる。
「がくぽさん、ルカ連れて先行って。俺、もう少し外にいるから。……ルカ、悪かった」
問いたげな目を向けていたがくぽはルカが小さく漏らしたくしゃみに慌てて彼女の肩を抱き屋内に向かう。
ちらりと振り返るルカに彼はひらひらと手を振った。
二人の姿が消えてからルキはもう一度それを見た。
白く円やかな胴体に愛らしい赤い目と瑞々しい緑の耳の雪うさぎの無残な姿があった。その近くにおそらく丸く整えられていたであろう雪の塊が崩れていた。彼女の言う雪うさぎとはこれのことだろう。真剣な様子の彼女の背中を思い出した彼は微かに苦笑を浮かべた。
すぐに何かを考えるような素振りを見せると一つ頷き、その場にしゃがみ込むとルキは器用な手付きで雪を丸めだした。
「何をしているのですか?」
しゃがみ込んだルキの背に透る声がかかる。
首を巡らせた彼にきまり悪そうに顔を伏せるがくこがいた。はらりと長く絹のような髪が彼女の表情を隠す。微かに覗く耳が朱色を帯びている。
姉のように儚く映る姿よりも彼女のそのしなやかな強さを宿して煌く瞳が気に入っていたルキは表情が見えないのを残念に感じた。
しゃがみ込んでいたルキは立ち上がると大きく体を伸ばして彼女にも見えるようにずれた。
「……雪うさぎ?」
彼の傍には雪うさぎがいた。一つではなく沢山の雪うさぎがあった。
首を傾げたがくこは彼を見る。
「二人で作ってたんだろ。……壊して悪かった」
ちらりと彼女を見てルキはまた頭を下げた。
「そんな! ……私が、悪いのです! ルキ殿がそこまで謝る事は……」
慌ててがくこは彼に謝罪する。ざわざわと胸中をかき乱す激しさに続けることが出来ずに彼女は唇を噛んで顔を伏せる。
今の自分を彼はどう思うだろう? 呆れたヤツだと思われても仕方が無い。
ぐるぐると訳の分からないモノが頭を駆けまわる。言葉を紡ぐことも出来ずにただがくこは唇を噛み、掌をきつく握り込む。そうしなくては泣いてしまいそうになるのだ。分からないまま泣くのは嫌だと必死で堪える彼女の頭をぎこちなくルキは撫でた。
自分よりも背の低い彼女の頭を落ち着かせるように、安心させるように優しく撫でる。昔、姉が自分にしたように……。
落ち着きを取り戻したがくこが恥ずかしそうにルキに礼を言うと微かに朱に頬を染めたルキは彼女から離れた。
言葉を探していた彼女に彼が問いかける。
「なあ、ぜんざいとお汁粉って何が違うんだ?」
何度か瞬いたがくこは笑い出した。明るい彼女の笑い声が響く。
「なっ……笑うなよ!」
「だって……雪うさぎの作り方を知っているのにっ」
「……材料は一緒だろ?」
さも可笑しそうに笑うがくこにルキはむっとした表情を見せるが幼く見える顔にがくこはさらに肩を震わせた。
その後、眦に涙をうっすらと浮かべたがくこが笑みを浮かべてルキに説明する姿があった。
後書き
ここまでルキとがくこが出張るとは思いませんでした。それも彼女がこうなるとは考えても無かったです。それこそ書いているうちに流れで変わっていきました(笑)
雪遊びは子供の頃あまりしませんでしたね。でも今でも雪が積もったまっさらな白い地面を選んで歩いています。