巡音さん家のがくぽくん 2
真剣な顔をしたルカががくぽの前に膝を付いている。普段流したままの髪を後ろで緩く纏めている。
慎重にルカはがくぽの手を取り手の中に握り締めていた器具を近づける。
かなり緊張しているのががくぽからも分かる。困ったように尻尾を揺らしてルカの名を呼ぶ。
「……ルカ」
「大丈夫。やれる」
短く答えたルカはがくぽの安心させるように頭を撫でた。がくぽはさらに困ったように首を傾げた。
深呼吸を繰り返したルカは改めてがくぽの手に視線を落として器具を慎重に近づける。
心なしルカの手が震えている。手元が狂わなければいいのだが……。
別にそれで血が出ても痛くてもがくぽは我慢できるが気にして落ち込むルカを見るのは嫌だ。
気遣うようにルカの顔に自分の顔を近づける。頬を軽く舐めてがくぽはルカに朗らかに言った。
「気楽にやればいい……な」
ルカと目を合わせれば彼女は困ったように笑った。
「……うん」
ルカはがくぽの頭を撫でて首の後ろに手を回してギュッと抱きしめた。
落ち着いたのかルカはがくぽから離れてまた彼の手を取った。
慎重に器具を彼の爪先にあてがう。
震えは止まった様子のルカだがこの先に進む事が出来ないで息を詰めて手元に集中している。
ルカの緊張ががくぽにも伝わってきた。
がくぽは困ったように尻尾を揺らして口を開くが何も言えずに黙りこむ。
ふとがくぽの目に彼女の白い項が映った。がくぽは引き寄せられるように項を舐めた。
悲鳴にならない声でルカが器具を放り投げて立ち上がる。がくぽが舐めた場所を手で隠してルカは涙目でがくぽを叱る。
「危ないでしょ!? 何するの」
「すまない……なんとなくだな」
尻尾を垂らしてがくぽは神妙に謝る。
なんとなく、ルカの項が美味しそうに見えたのだ。だから、なんとなく舐めた。うん、そうだ。
勝手に納得して尻尾を揺らすがくぽをルカは何とも言えない顔で見ている。
「……指、爪、血は……大丈夫!?」
慌ててがくぽに駆け寄り彼の手を引き寄せて見た。何度も裏表を確認してルカは息を吐いた。
「……良かった」
ホッとしたようにがくぽの肩口に顔を寄せてルカは呟く。
彼女の様子に申し訳なさそうにがくぽはルカの尻尾を揺らす。
「……ルカ」
「うん……キヨさんとこ行こうか」
ルカはがくぽを連れて店内に入り、店内奥のカウンターにいるメガネをかけた男を見つけると嬉しそうに名を呼び近づいていく。
「キヨさん。こんにちは」
「ああ……ルカさん、こんにちは。今日はどうしたんですか?」
作業を中断して男はルカに笑いかける。ルカの目が男の手元の布地に止まった。
「わぁ……可愛いですね……オーダーですか?」
「いえ、趣味の世界です。一応店には出す予定ですがね」
カウンターから出てきた男はルカの反応に嬉しそうに笑った。
「それで……ご用件は?」
「あっそうでした。がくぽの爪切りですけど」
「がくぽくんの……ちょっと見せてくださいね」
がくぽの前にしゃがみ込んだ男が手を取る前にがくぽは男の頭に手を乗せた。
うわっと声を上げて男は潰れた。
「がくぽっ……ダメでしょ……キヨさんごめんなさい……いつもはいい子なのに……もう」
困ったようにルカががくぽを叱る。男は笑いながら起き上がりがくぽの爪を見た。
「もっと切っても大丈夫ですよ」
男の指導のもとにルカががくぽの爪に爪切りを当てる。男が後ろからルカに指示を出すのをがくぽはつまらなそうに尻尾を揺らす。
ただがくぽはルカが自分の事が負担になるのが嫌なだけだ。だから、この男がルカに近づくのも、自分に触るのも許している。
だが、ルカが本当に怒ったり困ったりしない限りはこの態度を続けるつもりのがくぽだった。
後書き
猫ルカの前ですね。後日あの服はがくぽさんがお買い上げになっています。
爪切りは慣れないと怖いです。