そのきっかけは……
クリプトン家の家事は基本的には交代制となっている。それでも料理だけは得手不得手があるために得意なものが主に担当している。
その内訳を下から紹介していくとこうなる。
まずはリン。掃除、洗濯はそれなりにこなすが、料理に関しては食べるの専門で簡単なものなら出来るということだ。
その次はミク。こちらも掃除、洗濯はリンよりもやや出来るぐらいだが、料理のほうはレパートリーは少ないがやれば出来るのだという。
これからの三人が実質、クリプトン家の家事を担っている。その三番手はレンである。掃除、洗濯、料理も手早く巧みにこなしている。
二番手はメイコだがレンとの差は余り無い。あえていうのなら、メイコのほうが料理が得意で掃除が隅々まで行き届かないという点だろう。
一番手はカイトだ。カイトと二人の差は二人が束になっても埋まらないだろう。
料理をすれば、料亭で食べた味を家庭で再現し、掃除をすれば隅々まで行き届き、洗濯も完璧である。
正しく、キングオブ家事であり、マスターが半ば本気でカイトを嫁、もしくは一家に一人欲しいというほどである。
さて、新たに加わったルカの腕はというと……。
ルカの家はかなりの名家らしい。そのためルカは良家の息女らしく躾や礼儀作法は完璧である。その他にも日本語も話すし、文化についても一通り学んで来ている。
お嬢様とか淑女という言葉が似合うルカはこの家に来るまで家事一つしたことがない。家事の手伝いもしたことが無い。
ここに来てからのルカは家事トップ3の指導のもと少しずつ家事の手伝いをしているが、三人の慌てる声は消えたことは無い。
「わたくし、家事は向いていないのでしょうか……」
昼の後片付けで食器を洗うレンを手伝い食器を拭いていたルカが沈んだ声をだす。
「どうして?」
食器を洗う手を止めぬままレンはルカに尋ねる。
「……わたくしが手伝うほうがお兄様方のご迷惑になっておりますもの。今日でも洗い物を運ぼうとして落として割ってしまいましたし、カーペットを汚してしまいました」
「リンが染み抜きしてるから大丈夫だって」
大したことないと笑うレンにルカは更に心苦しくなる。お兄様もお姉様も同じことを言うが、優しくされればされるほどに申し訳ない気持ちになる。最近では失敗しないようにと思えば思うほど失敗してしまう状況にルカは泣きそうになっていた。
ルカの目が微かに潤んでいるのにレンは気付いた。少し考えるように遠くをみる。
「ルカ、僕だって最初は下手だったよ……」
レンは静かに語りだす。掃除、洗濯をするようになったきっかけから失敗までを話し、レンは何かを懐かしむように目を細める。
そして、自分が初めて料理をすることになった出来事を話し始めた。
その日はカイトが出張していた。メイコもまたマスターからの急な呼出に出掛け、昼を過ぎても戻ってこなかった。
「……お腹すいた」
リンがぽつりと零す。レンはテレビから時計に目を移し、リンを見る。
「姉さん待つ? それとも何か買ってくる?」
二人とも料理は出来ないので、選択肢は限られている。
「お姉ちゃん、待つもん」
俯いてしまったリンの顔を覗き込めば、何故か膨れている。
「……まさか、お小遣い使いきった?」
返事もなく更に頬を膨らますリンにレンは自分の財布を確認する。二人分はキツそうだ。
「……レンはお金あるなら、自分の分だけ買ってこれば?」
健気なリンの言葉を裏切るように無情な音が響き渡る。肩を震わせ笑うレンに気まずそうにクッションを抱え込んだリンは背を向ける。
「……」
その姿にレンは立ち上がりキッチンに向かう。
冷蔵庫の中には残り物は無い。ならばと戸棚を開けていくとホットケーキミックスの袋が戸棚に入っていた。
これなら自分でも作れるかな。
裏の説明を読んだレンは説明の指示に従い、必要な物を出していく。
「何してるの?」
不思議そうに聞いてくるリンにレンは手を止めて笑顔を見せる。
「僕もお金無いから……コレ作って一緒に食べよ?」
「うん!!」
リンの弾んだ声と笑顔に作業を続けるレンはほっとしたように手を動かす。
ホットケーキ作りは簡単だと思っていたが予想以上に難しかった。
出来たホットケーキはパッケージと違いペタンと皿にのっていた。それでも味はまともだと期待して口にすれば生焼けだった。ならばと再度加熱したが、火を通そうとしたところきつね色を通り越して黒く焦げてしまった。そしてパサつきを増してしまったそれにレンはたっぷりのバターとメープルシロップをかけて平らげた。
「……ごめん」
レンの目の前でお世辞にも美味しいとは言えないホットケーキをリンは美味しそうに食べている。
「何で……美味しいよ?」
リンは謝るレンに笑顔を見せて更に一口、口に運ぶ。
そして——
「だって、レンがあたしのために作ってくれたんだもん」
幸せそうに無邪気な笑顔で言った。
「っこんどは……美味しいの作る」
顔を赤くして恥ずかしそうにレンは宣言した。
自分が作ったから美味しいと言うのなら、本当に美味しい物をリンに食べて欲しい。
笑顔のリンをレンは一番好きなのだから……。
「それから兄さん達に教えてもらったんだ。ルカも焦らずに少しずつやっていけばいいよ」
「そのようなことが……」
ルカは感慨深げに呟く。どこか重くなっていた心がレンの話で軽くなった。
レンは冷凍庫からアイスを取り出し口に運ぶ。ふと思いついてルカを呼ぶ。口を開けさせてその口の中にアイスを一粒放りこむ。
「……レンお兄様、これはお兄様のアイスでは叱られますよ?」
「ん? ルカも食べたじゃん」
あとで買って返すと笑うレンにルカは困った顔をみせる。
「今の話も食べたことも二人の秘密だぞ」
いたずらっ子のようにレンはルカに囁く。
「とても素晴らしいお話ですのに……」
残念そうに呟くルカだがどこか嬉しそうな顔でレンに囁き返す。
「二人の秘密ではしかたがないですわね」
レンにとっては今も大切な思い出を自分のために話してくれた。ルカはそれが嬉しかった。
「レンお兄様はリンお姉様が大切なのですね」
「だから、リンには絶対、内緒だぞ!!」
夕食の買出しに向かう二人は楽しそうに笑いながら道を行く。
後書き
ある日頭に浮かんだネタです。
うちのルカが料理が出来ないのは決まっていたのでそこから発生したものです。
色々とボカロネタはあるので一人で楽しんでいます。