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アッシュはこの短い期間に毎年行う行事の飾りつけを行った。帰還出来たのは己一人。
あどけなく世界につぶされかけた片割れが帰れなかった事はアッシュにとって気が狂うほどの悲しみを与えると共に、この醜い世界に二度と片割れがつぶされる事の無いという安堵をもたらした。
タタル渓谷でルークのかつての仲間たちと再会を果たしてからより一層その確信は彼の中で確かなものに変化した、戻ってきた彼にガイは剣を向けかねない勢いであり、そんなガイを仲間達は、ナタリアですら止めなかった。
アッシュは両親に挨拶をしたのち、静かにバチカルを後にした、両親は彼の生還を喜んでくれたが、アッシュは彼らの元には残らなかった。否、残れなかった。
気が狂うほどの悲しみに、絶望に。アッシュの強靭ともいえる精神は耐え切れなかったのだ。いかに強靭な精神力を持ってしても、唯一のぬくもりの喪失はその支えとなる心の支柱をへし折るには十分だった。
アッシュ本人すらも気がつく程の凄まじい狂気をその身のうちに宿し、アッシュは今。一人、人気の無い廃村でひっそりと暮らしてた。
そんな彼が毎年この時期に行う習慣は死者の国の蓋がゆるくなるとされ、教団に居た頃から知っているイベントの1つだった。
帰ってくるのだ、小さな音素体になったルークがこの日だけは、ローレライに護られて。
生きていた時と寸分違わぬ血の通ったあたたかい肉の体を持って。
祭の終わりまでは彼の心を狂気から解放してくれる。それは、愛しい半身の望みか、それとも同位体であり、我が子のような存在のアッシュの狂気に嘆いた神とされた存在の思いやりか……。
毎年、この日しか帰ってこれないルークを少しでも飽きさせないために、この時期だけはアッシュも人前に姿を現し、飾りつけに必要なものを買い揃える。金など魔物を倒し続けていれば使い切れないほどに手に入るものだ。
(まあ、それでガイ達に見つかりそうになって引越ししたりしているんだがな)
最後の飾りを終え、アッシュは竈からパンプキンパイを取り出す。近くの鍋では蕪の入ったクリームシチューが湯気を立てていた。ルークの好きなチキンも海老も入っている。
皿を出そうとアッシュが動く前に、彼の目の前に皿を差し出している人物が居た。
「はい、アッシュ」
愛しい声が、己を呼ぶ。
「なんだ、もう来てたのか。早かったな、ルーク」
「うん、ローレライが早く行けって。俺も早く会いたかったし」
皿をルークの手から受け取り、テーブルの上に置く。そのまま皿を差し出した状態で立っていたルークを抱きしめる。
「おかえり」
「うん、ただいま」
1年ぶりに味わうぬくもりと確かさは、1年立つ事に狂気に染まっていく心を癒してくれる。この救いの時間は時間制限と、過ぎればより一層の孤独を与えるとしても。アッシュは毎年この日を待ち望むのだ。
「さあ、食事にしよう。1年ぶりだろう? 好きなものは揃えたつもりだが」
「うん! うわ……旨そう! これにんじんはいってねぇし」
嬉しそうにルークがアッシュの正面の椅子に腰を下ろす。アッシュは用意していた赤ワインをグラスに注ぎ、ルークに差し出した。
「さんきゅ」
「「乾杯」」
どちらとも無く、たった一日だけの再会を祝し声を揃える。この後1年は再び会えなくなることも、アッシュの狂気がより一層激しくなることも、次期ローレライとして人間から遠ざかるしかない小さな集合体になってしまうことも忘れ。人間としての小さな幸福に身を任せる。
それが、二人にとって今味わえる最高の幸福だった。
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