一応アシュルクですが、悲恋テイスト
長くなったので上げました。続きます!
ルークが死んだ。
その現実は眼を背けても背けても迫り来る。
ローレライに声の限りに切望し、あまりの悲憤に身悶えても叶う事も無く。聞き届けられなかった。
悲しみは深く、思考を奪う。
泣く事で癒される時もあると聞いたが、涙は一切出なかった。
ただ、虚しく。悲しかった。
自分の生存を望むルークを知っていなければとうに命を絶っていただろう。死ななかったのはルークの願いゆえ。でなければ、こんな生きるだけの生を受け入れたりはしない。
願いはひとつ。
ルークに会いたい。
それだけだった……。
帰還して直ぐに、アッシュの変化に気付いたのは両親だった。
濁った翡翠の瞳と覇気の無い佇まいに両親は半身であるルークの死が起因している事に気付いたのだろう。何度も謝られても、その時のアッシュは気の聞いた言葉が無くただ、沈黙するだけだった。
誰もが気付かぬフリをし、茶番のような日常の中で推し進められたのはナタリアとの婚姻だった。婚姻事態に興味を持てず、何の異論も言わないアッシュに周りも気を良くし。
帰還後直ぐに、結婚式が執り行われた。両親も再びナタリアとの仲を取り持てば、アッシュが生気を取り戻してくれるかもしれないと縋ったようだが……アッシュは世界に絶望したままの人形として暮らしていた。
ガイとは仲がこじれ、ティアは憎しみを持たぬ様に一人ダアトに篭っていた。ジェイドやアニスは、変わり果てたアッシュを気遣うそぶりを見せ、定期的にバチカルに足を運んでくれた。しかし、ナタリアとの結婚は良い方向に進むと思ってか祝福の言葉を述べていた。
唯一、激高し殴りつけてきた人物が居たが、取り押さえられた後にアッシュの口利きにより解放されている。その人物はギンジだった。
間近でアッシュを見てきた彼は、変わり果てた理由を正確に見抜いていた。
そんなに好きなら! 結婚しなきゃいい!
泣けない自分のために涙を流すギンジに、感謝した。
ありがとうと言うと、顔をくしゃくしゃにして泣いていた。アッシュは馬鹿だと何度も繰り返して。
初夜の後は、アッシュはナタリアに指一本触れる事が無くなった。義務的に抱いたが、彼女はアッシュを慰めも熱くもさせず、ただ形式でなった妻だった。
しかし、結婚の日取りはナタリアの身体の周期にあわせて決められていたようで、その初夜の一夜でナタリアは見事にアッシュの子供を身篭った。
妊娠を知り、アッシュは妊娠を理由にナタリアと寝室を分けてしまった。周りは早すぎると止めたが、アッシュは聞こうとせずにそのまま強行し。インゴベルト不調と他の貴族の牽制の意味合いを込めた戴冠式までを王城内の自室で一人で過ごした。
戴冠式も滞りなく、アッシュを置き去りに進んだ。
その後の王侯貴族や諸外国を招いてのパーティもアッシュにとっては何も無いはずだった。挨拶回りの最中に偶々言葉を交した数ある公爵家の当主とその娘。その娘との再会がアッシュに転機を齎すとも知らず。
その娘に眼を奪われた。
初めは、彼女の香りに心惹かれたのだ。甘い……セレ二アの香り。滅多に無いセレニアの香水の香り。ルークが始めて外に出た時に嗅いだ香り。その香りに惹かれて、誰かの顔を久しぶりにまともに見た。
公爵家といってもファブレよりも下位の出で、赤毛に水色掛かった緑の瞳の娘は着飾り煌びやかな娘達の中にいると霞んでしまう様な目立たない少女のような女性だったが、顔立ちは整っていた。(その位の娘なら貴族を探せば山ほどいる)
化粧も薄く、肌は驚くほど白い。そして不健康さが際立つほどに薄い体付きをしていた。
記憶の中で、幼い頃にあった事がある彼女も不健康そうだった。
「お久しぶりです、アッシュ様。私の事を覚えておられますか? 」
目線が合うと、にっこりと無邪気に笑顔を見せ、彼女が声を発した。彼女の父親にアッシュが話しかけてから、初めて聞く彼女の声は耳に心地良く響き。水色のドレスを着て、手には蒼の扇を持つ彼女の名前は……確か……。
「ええ、お久しぶりです。ルティシア嬢」
「嬉しい、覚えてくださっていたんですのね。あの時はお話し相手をしてくださりありがとうございました」
「いえ、お礼を言われるような事は何も」
彼女と初めて出会ったのは、前王インゴベルトが愛娘のために行った貴族の子供達を集めたパーティの時だった。もともと、身体の弱いルティシアはその席で体調を崩してしまい一人、控えの間で休んでいた。そんな彼女をアッシュは気遣い見舞っていた。
「そんなことありませんわ。皆様が楽しそうにされているのに、私は病で動けず、とても寂しい気持ちでしたの。アッシュ様は私を見舞い、顔を出すだけでなく、家人が迎えに来るまでの間……色々お話してくださいましたでしょう。とても楽しかった。あの時は本のお話を。 私、あれから読書が趣味になりましたの」
ほんのりと頬を染めて顔を伏せる彼女の横顔に睫の影が落ちるのを眺め、アッシュは目が離せずに見入った。
「病……、とは? 」
アッシュが再び口を開くまでに彼女の父が娘を下げようとしていたが、アッシュが不快に思っていない事に気付いてか口を閉ざした。
「子供の頃から、患っておりまして。最近、完治いたしましたわ」
ふふふと笑いながら、事も無げに「お陰で婚約は破棄されてしまって行き遅れです」と続けられた言葉に反応がうまく返せない。少女の様な彼女はそう言えば同い年だったはずだ。
年齢もだが、破棄されたの方が大きいだろう。貴族はそういった事に五月蠅い。ナタリアは王女という事もあり、婚姻には影響は少ないだろうが、継承権も無い低い地位の公爵家では痛手だろう。
彼女の後ろで父親が咎める様に「ルティ」と呼んでいるのが証拠だ。
言葉を捜すも、うまく見つからずに押し黙ってしまう。すると、彼女は一瞬だけ切なげに瞳を揺らし、一礼すると父親に何事かを囁きかけた。彼女の言葉を受け、父親と簡単なやり取りで言葉を交し……。
「アッシュ様、私はこれで」
再び柔らかく微笑みかけられ、そのまま踵返す彼女から、目線が外せず。会場から出て行く姿を見ただけで、激しい衝動に駆られアッシュは足早に後を追った。後ろから彼女の父親の困惑に満ちた呼びかけを背中で聴きながら。
警護にあたる騎士や給仕達が不審そうに若き国王の後ろ姿を眼で追う。決して走らぬように気を使いながら進んでいくと彼女は1つの部屋にそのまま入っていった。
その後を追い、閉まる寸前で身体を滑り込ませる。驚き、振り返ったルティシアの細い手首を掴み、その細さに息を呑む。ナタリアの手は弓を扱う人間特有の太く筋肉に覆われたものだった事もあるが、母ですら、こんなに細い手首をしていない。
「アッシュ……様……? 」
驚いた拍子に落とした扇を、手首を掴んだまま拾い上げる。受け取ろうと手を伸ばしてきた細い身体を抱きすくめてみた。あたたかいと気付くと涙が溢れそうになり、隠すように首筋に顔を埋める。
セレ二アの香り、甘い香りに誘われるままに首筋にキスを落し、きつく吸い上げる。
「ぁ……」
見る見るうちに、白い肌が桃色に染まる。その中に、自分が付けた鬱血の後を確認すると身体の中心が熱を帯びていくのがわかった。
ぬくもりと伝わってくる心音。その全てが涙を誘う。抱きしめたまま夢中で晒されている首筋にキスを落し、その背中に手を這わす。
抵抗は無い。ただ、為されるがままに甘受されている。
あたたかい。
生きている。
此処にいる。
堪えられずに嗚咽が洩れる。どうしてこんなにも愛しいと思うのかわからない侭に、ルティシアを抱きしめたまま膝を付く。抵抗出来ずに腕の中の女も膝を付く、彼女の細いその腕が背中に回る。
優しい力で抱きしめられ、背中を撫でられる。何故泣いているのか、どうしてこうなったのか。一切聴かずに……涙に濡れた顔を上げると、驚いた顔を見せた後、優しく微笑み。額に唇が押し付けられる。
同じ笑顔と慰め方をする人を、アッシュは知っていた。その人を失いたくないが為に戦い、死んだ筈だった……筈だった。
いつの間にか、側にいたいと願っていた。無邪気なその笑顔が愛しかった。触れ合う時間が欲しくて、むちゃくちゃな理由で呼び出したこともある。
その全てを、今の彼女が浮かべる優しい笑顔で受け止めてくれた。被験者で、同じ男だというのに……ルークは何時も笑っていてくれた。
どれ程その心を死の恐怖に染め上げていても!!
消えるしかないとローレライは言った。身体を作る音素が足りないと、無理に作っても乖離すると言われ……唯一、構成出来る魂だけでは帰還は不可能。
生き別れても、愛しい気持ちは変わらずアッシュは苦しみ抜いた。死んだのだとローレライは何度もくり返した。魂を構成するにしても時間が掛かる。結局、アッシュは地上に戻る寸前まで待っても構成は完了せず、切望し続けた半身との再会は叶わなかった。
空と地の境は広く、身体のないルークは音素帯から出られずに、いずれは音素の流れに委ねられると……知らされてから、心はどこか壊れてしまった。
魂だけでも乖離する、身体を作っても乖離する。
永久に失うしか、無かった。
ルティシアはアッシュの頬を両手で挟みこむ様にし、触れるだけのキスを何度も何度もくり返す。優しい感触と触れる呼気に新しい涙が溢れ、その雫を彼女は唇で吸い取っていく。
薄暗い室内で、彼女の水色掛かった緑の瞳と、赤い髪が浮き上がる様だった。その姿にルークが重なる。容姿は似ていない。別人だ。
それでも、ルークによく似ていると思った。
「アッシュ様が、どなたの為に泣いていらっしゃるのかは、存じません。でも、私で良ければ……お慰めします」
手を引かれ、立ち上がると今度はルティシアがアッシュの身体を抱きしめてくる。細い、不健康な身体は触れていると心地良く。抱きしめ返し貪るようなキスを交わす。
彼女が欲しかった。
つづく