バチカルのファブレ邸のテラスでルークはメイドの淹れた紅茶を飲みながら、渡された結婚式までの簡単な内容を読んでいた。
もう直ぐ、結婚する。
ヴァン師匠を倒し、帰還したのだと聞かされていたが、それが自分の行いだと未だに信じられずにいる。
ルークには屋敷で過ごした以外の記憶が無かった。
戸惑いもしたし、憤怒すらした。背ける事の出来ない出来事はそれでも付きまとう。諦めることしか出来ず、なし崩しに受け入れて、今は定期的にカウンセリングを受ける日々だ。
ナタリアとの婚約は破棄され、結婚相手はユリアの血縁のティアだ。ヴァンの事を悲しむルークに一番理解を示してくれたのが彼女だった事もあり、ルーク自体……この結婚に不満はない。
レプリカという存在のルークでは、王侯貴族に受けが良くなかった背景もある。
(レプリカ……被験者……)
脳裏に何時も浮かぶ存在。自分のオリジナル。
一度くらいしかまともに顔を見ていないのに、はっきりと思い出せる。自分とはぜんぜん違う存在感の持ち主を。記憶の無いルークを戸惑い一斉に周りが騒ぐ中、青い顔でそれでも周りを止めてくれた。
ジェイドと名乗る軍人は、彼の事も覚えていないのかとしつこく聞いてきたが、覚えていないものはどうしようもない。……ジェイドが言うには彼と自分は恋人だったのだと言う。その話を持ってきたのも二人だけの時で、アッシュとは目覚めた時に一度だけ顔をあわせただけだ。
吐き気がして、その場で吐いてしまった自分を見て、ジェイドはそれからその話題を挙げてこない。
(目が覚めたとき、アッシュの奴。俺の手握ってた……)
泣きそうな表情が、嬉しそうな笑みに変化する。愛しげに細められた翡翠の瞳。思い返した瞬間、胸が塞がれるような息苦しさと痛みを感じ、ルークは服が皺を刻むのも厭わず握り締める。
目覚めを促していた、掌が髪を撫でる感触も……忘れられない。
一時期は気色悪く、憎憎しくて遠ざけて当り散らした存在だ。自分の前に現れなくても、屋敷に響くような罵声をガイやメイドにくり返していた。その時、彼はまだバチカルに居たらしい。
らしい……としか言えない自身が何故か情けなかった。
今、彼はダアトにいる。