深夜のユリアシティをアッシュはルークを抱かかえて走る。振動が彼女の体に良くないとは理解していたが、足を止める訳にはいかなかった。
テオドールに呼ばれ、ティアが席を外し、気まずさ故かPTメンバーはタルタロスの中に戻っていった(ジェイドとガイは機動するかを確認するつもりもあった様だ)
ここには居られない。
預言を妄信するものが、何時……刃を向けるか解らない。ただならぬアッシュの雰囲気に怯えるルークを取り落とさないようにしっかりと抱え、見張りを足技で倒すと、古代のシステムに足を踏み入れる。
水に濡れた岩に足を取られないように気をつけながらアッシュは清流の流れの中を進む。開けた場所でルークを下ろし。腹に息を吸い込み、勢いをつけて全て吐き出す。
「あっしゅ? 」
「少し、ここにいろ」
優しく長い朱金を撫で、アッシュは前方の人影と大きな魔物に目を向ける。
「なんの、用だ? アリエッタ」
「アッシュ……」
ぬいぐるみをきつく抱きしめ、涙に濡れた目が気丈に睨みつけてくる。
「そこ、どくです。ルークは……仇。殺す!! 」
「駄目だ」
「アッシュ!! 」
「ルークは駄目だ。他のヴァンの妹や死霊使いがどうなろうが構わん、だが……ルークだけは駄目だ」
「あの二人も殺します」
暫らく、アッシュは彼女を注視していたが、そのままゆっくりと歩みより始めた。アリエッタは一瞬怯んだ様子を見せ、彼女を守るライガが低く唸る。それを片手で制しアッシュは彼女に視線を合わせる形で膝をついた。
「導師は? 」
「え……」
「導師もあの場に居ただろう? 」
アッシュの問いかけに、アリエッタは明確に狼狽する。無意識にぬいぐるみを掻き抱き、がくがくと震える。
「い、イオン様は居ただけ!! 何もしてない! ママを殺してないです!! 」
「そうだな。だが、お前が殺すと言ったルークもライガクイーンに直接手を下していない。お前ならわかるだろう? あの時のルークにクイーンを殺すほどの実力は無かった。殺したのは死霊使いだ」
「でも!! 手伝ったです! ママを! 殺した!! 」
ボロボロと涙を流すアリエッタの頬をアッシュが優しく慰撫する。
「許せないか? 」
「ゆるさない」
「……そうか、でも。ルークを殺すのは止めてくれ。変わりに俺にしろ」
「……えっ!? 」
アッシュは微かに自嘲の笑みを浮かべ、自分の胸に手を当てる。
「俺は死なん。死ねなくなった。だから好きに殺せばいい。髪の一本でも残っていれば蘇生する……。いや、残らなくても蘇生するんだろうな、だから殺したい時に殺しに来い」
アリエッタはありえないと言わんばかりに首を振る。そんな彼女に懐から取り出したナイフを強引に握らせ、アッシュはその手を首筋に導き……勢いをつけて突き刺した。
強い力につんのめる様にアッシュの胸にぶつかったアリエッタが微かに悲鳴を上げる。恐々と目線を上げるとナイフが突き刺さった喉が目に飛び込んできた。
「いやぁ!! 」
アリエッタが渾身の力でアッシュを突き放す。反動で尻餅を着いたアリエッタは同僚の首を刺した手元を見る。
これまでも何人も殺してきた。それなのに手に残るナイフの感触と肉に突き刺さる感触が気持ちが悪い。新たに溢れた涙が頬を濡らす。
アッシュを殺した、殺した!
その時、頭に温かい掌の感触を感じて顔を上げると、首元を血で染めたアッシュが穏やかに微笑んでいた。
「生きて……」
「だから、言っただろう。死なないんだ。死ねない……」
だから、仇をとりたいなら俺にしろ。